平成18年度 青年農業者育成に関する調査研究支援事業報告

はじめに

 昨年度から始まった「青年農業者育成に関する調査研究支援事業」について報告させていただきます。この事業は、会員が取り組む青年農業者育成に関する調査研究に必要な経費の一部を助成することにより、調査研究活動の強化と研究会活動の活性化を推進し、青年農業者育成に寄与することを目的に創設されたものです。
 平成18年度の青年農業者育成に関する調査研究支援事業に申請され認められた、栃木県支部、千葉県支部、三重県支部からの調査研究報告を掲載いたします。
 会員の皆様が、この調査研究報告を業務の参考にしていただき、青年農業者育成に少しでも役立つことを願っています。また、会員の皆様の調査研究への取り組みの参考にしていただくことで、調査研究活動の活性化につながれば幸いです。

 *栃木県支部「農業者組織『自主的運営』を支援する普及活動の進め方」ー自主的運営マニュアル作成を通じて
 *千葉県支部「青年農業者の経営者能力向上に関するこれからの活動に取り入れるべき視点について」
 *三重県支部「就農相談時における就農意識の調査手法の研究」

栃木県支部「農業者組織『自主的運営』を支援する普及活動の進め方」ー自主的運営マニュアル作成を通じて
栃木県青年農業者育成研究会 会長 鈴木政明他8名

【調査研究に取り組むにあたって】

   効率的かつ安定的な農業経営を持続的に育成していくためには、新規就農青年の数の確保とともに、これらに対応できるチャレンジ精神のある多様な人材を確保していくことが必要となっています。このような自立的な農業者の育成に当たっては、農業者個人の努力もさることながら、農業者同士の連携の下、組織的な取り組みも必要であります。しかし、少子高齢化や市町村合併など社会経済情勢の変化等により、青少年クラブ協議会などの農業者組織活動も会員の減少や活動の広域化など困難な状況に直面しております。また、農村社会における連帯意識の希薄化も進展し、組織活動に参加しない農業者も増えるなど多くの課題を抱えており、魅力ある活動の展開及びなお一層の活動の自立化・効率化が求められております。
 そのような状況を受け、本調査研究は、現場において、直接青年農業者の育成に携わる指導者が、調査研究として取り組み、これまでの活動や資料を参考に青少年クラブ協議会などの農業者組織の活動強化を図る観点から、組織を自立的に運営するためのノウハウを集めたマニュアル本の作成を行いました。
 農業を担う各種の農業者組織が積極的に活用することにより、自らの知恵と工夫によって活発に活動が展開され、ひいては農業の発展に寄与されることを期待しています。
 なお、調査研究の取り組み経過等の報告とさせていただき、成果である、「マニュアル」については、次年度発刊の会誌に掲載させていただく予定です。

【調査研究に取り組むにあたって】

【調査研究の概要】


1 目的

 青少年クラブ協議会などの農業者組織は、農業者の連帯感の醸成が図られ、また、各種課題解決活動を通して農業技術や経営の改善に資するとともに、ひいては農業農村の活性化に多大な貢献をしており、活動の活発化は地域農業の維持・発展に不可欠である。
 しかし、少子高齢化や市町村合併など社会経済情勢の変化等により、これら農業者組織活動も会員の減少や活動の広域化など多くの課題を抱えており活動の自立化・効率化が求められている。
 そこで、農業者組織の活動強化を図る観点から自主的運営マニュアルやハンドブックを作成することにより農業者組織活動の支援体制の構築を図る。

2 調査場所
 宇都宮市内会議室及び各農業振興事務所

3 調査内容
(1)方法
 各研究会員が分担して次により調査研究を行うとともに、全体で編集作業にあたる。
 1. 国や他府県等で作成した文献等について情報を調査する。
 2. 収集した情報を基に自主的運営支援のあり方について担い手担当が協議により研究する。
 3. 研究結果をとりまとめるとともに、使いやすいマニュアルやハンドブックを編集する。
(2)主な調査研究事項
 1.指導者用マニュアル
 ア 組織を牽引するリーダーの確保・育成方法
 イ 自主運営への誘導のための実施計画の作成
 ウ 自主運営のためのチェックリストの作成
 エ チェックリストに対応した活動参考資料の収集
 オ 事業企画立案のための記入様式の作成
 カ 会計関係様式の作成

2.農業者向けハンドブック
 ア 組織活動の展開方法
 イ 他団体との協働事例
 ウ 自主運営のためのチェックリストの作成
 エ 事業企画立案のための記入様式の作成
 オ 会計関係様式の作成

4 調査者
  栃木県青年農業者育成研究会(担い手担当普及指導員 9名)

【活動経過】

 1 個別研究
 平成18年5〜12月(各自調査研究を実施) 2 全体研究
 平成18年4月14日 宇都宮市内会議室
 ・調査研究の方針、計画等を協議
 平成18年5月25日 宇都宮市内会議室
・先進事例の文献を持ち寄り検討
 平成18年8月4日 宇都宮市内会議室
・報告書とりまとめの役割分担等を協議
 平成18年12月19日 宇都宮市内会議室
・報告書スキーム等の検討

※詳細は会誌で掲載


はじめに                 
T 調査研究の概要
U 研究スキーム
V 自主運営誘導のための実施計画

《自主的組織運営マニュアル》

T 基本的な考え方−新たな4Hクラブについて
 −21世紀型4Hクラブ活動とは−

U 運営のコツ
 1 組織活動の展開方法
 2 役員活動方法のあれこれ
 3 会合の持ち方・事例
 4 役員の心構え

V 実務のコツ
 1 自主運営のためのチェックリスト
 2 事業企画立案のための記入様式(総会・役員会・事業)
  (1) 年間活動計画
  (2) 活動経費の把握−事業予算の具体例 
 3 会計関係様式
  (1) 出納帳
  (2)支出の記録用紙
  (3) 領収書
 4 役員会関係資料(次第・名簿・連絡網・実施計画・議事録)
 5 クラブ入会PR(パンフレット等)

W 実践活動のコツ
 1 各種研修会
 2 視察研修会
 3 講座制研修             
 4 実績発表会             
 5 技術交換会             
 6 活動資金調達事例−自主的運営には、資金調達も大きなポイント
 7 地域イベント            
 8 他団体との協働事例
※県4Hクラブ活動発表等を参考  

X 知ってて得するネタシリーズ
 1 イベントは、こうやるんだ
2 例えば、「人集めのコツ」

「青年農業者の経営者能力向上に関するこれからの活動に取り入れるべき視点について」
 千葉県支部 児玉 友孝

1 目 的

 近年の農政においては、地域農業の望ましい農業構造を中核となって支える担い手を育成することが急務となっているが、青年農業者育成はそのスタートとして位置づけられよう。したがって、今後の青年農業者育成活動においては、「数」の確保とともに、個々の「質」をいかに確保するか、という視点がより重要である。また、育成活動に当たっては地域農業の多様な特色を十分に考慮するとともに、関係機関・団体間の役割分担や連携、指導農業士等の協力を得るなど、普及
組織のコーディネート力を活かして地域の総合力を発揮し取り組むことが求められている。
 そこで、千葉県における中核的な青年農業者育成活動である講座制研修「農業経営体育成セミナー」のさらなるレベルアップに向け、関係機関等が連携して実施している農業経営者育成に関する講座の開催事例を調査し、今後の企画・運営のあり方について検討する。

2 調査期間 平成18年8月〜平成19年1月

3 調査内容と方法

(1)農業経営者育成に関する講座の開催事例調査
 農業経営者育成に関する先進事例として、しみず茶畑塾(静岡県)、いわて農業者トップスクール(岩手県)における活動を調査し、今後の青年農業者育成活動において導入すべき視点、活動方法、関係機関の連携方法等について考察し、今後の活動のレベルアップに向けたポイントを整理する。
1)調査事項
 1.開講に至る経過について
 1)開講\の理念と内容について
 2)関係機関の連携・役割分担について
 3)受講者の変化と地域への波及について

(2)農業経営体育成セミナーの開催に際して取り入れるべき事項の検討
 2つの先進事例から、今後の農業経営体育成セミナーを企画・運営するにあたって取り入れるべき事項について考察する。

4 調査結果

「農業経営者育成に関する講座の開催事例調査」

(1)しみず茶畑塾(省略)
 しみず茶畑塾については、本誌特集1において宮澤昌子氏講演の中で詳しく記述されているため、紙面の都合上省略いたします。
(2)いわて農業者トップスクール
1.開講に至る経過について
・認定農業者の経営改善の達成度が低いことから、何らかの支援が必要と考えていた。
・県認定農業者組織連絡協議会からの提案や、岩手大学木村伸男教授の助言などもあり、県が産学官連携による県域のビジネススクール開設を事業化した。
・平成15年度から17年度まで163名が受講(修了は150名)。
・平成18年度からは3年間の成果を踏まえ、品目横断的経営安定対策の対象となる集落組織を育成することを目的に集落営農のリーダーや核となる農業者を育成する「いわて農業者ビジネスカレッジ」として新たに事業化されている。

2.開講の理念と内容について
・認定農業者及びこれを志向する者の経営者能力を身につけ、これら先導的農業経営を地域へ波及させることを目的とした。
・農業者から経営者への転換を目指し、経営者としての役割・使命及び機能を理解することに重点を置いたカリキュラムとし、年間10日程度で単位制とした。
・カリキュラムは、政策論、経営者論、経営管理論、マーケティング論、財務会計論などから構成され、卒業研究として「経営戦略計画書(5年後の経営計画)」の作成が必修である。
・自分の思いを話せなければ経営者ではないとの考え方から、計画書の発表まで行わせる。
・専門分野ごとに外部講師を招へいし、講義後には受講者との意見交換が行われた。
・木村教授がコーディネーターとして各講座に参加し講義内容をわかりやすく解説することにより、講師と受講者の橋渡し役となり受講者の理解度の向上が図られた。
・経営戦略計画書は、「1 五年後の経営目的(経営理念・利益目的)」「2 経営戦略、長期的方針(外部対応・経営内部の改善・企業化戦略)」「3 年次別利益計画」「4 年次別経営外部対策」「5 年次別経営内部改善対策」「6 経営の企業・法人化対策」からなる。統一した様式を用いて、受講者が計画を文書化していく。

3.関係機関の連携・役割分担について
・県から県認定農業者組織連絡協議会(事務局:岩手県農業会議)が事業委託。
・6機関・団体からなる運営委員会を組織している。
・大学としても初めての取り組みだった(大学も独法となったことなどに伴い、地域貢献の重要性が増した時期でもあった)。
・費用は県費と受講料から成る(平成15年度は徴収せず)。
・企画・立案・実施の中身においては、木村教授の専門的知識と人脈によるところが大きい。

4.受講者の変化と地域への波及について
・受講者に対するアンケート分析を実施しており、意識変化が数値としてとらえられている。
・経営感覚については調査した17項目すべてで、受講者の7〜9割が向上したと回答した。
・「財産維持・家族の反映・食べていける所得確保」から「持続的成長拡大」など経営目標の高度化が図られている。
・経営改善については、修了後55%(現状8%)が法人化を志向しており、意欲が高まっていることが伺える。
・経営者能力については10項目について6〜37%向上している。
・地域への波及はこれからだが、周囲からはトップスクールに行った人だと認知はされている。

5 考察「農業経営体育成セミナーの開催に際して取り入れるべき事項の検討」

 2つの先進事例から、今後の農業経営体育成セミナー(以下、セミナーと記する)の企画・運営にあたって取り入れるべき事項について考察する(なお、セミナーの開催内容については、本誌56号特集「千葉県の普及組織における青年農業者育成活動とその評価」に記載されている)。
(1)対象者の学歴・職歴の高度化・多様化に対応したコンセプトの設定
 セミナーは、新規就農者1〜3年を対象として継続的に開催してきた。農業経営者としての資質・能力の向上と就農青年の定着がその目的であり、その重要性は今日においても変わらない。
 しかし、近年の対象者は離職就農者が6〜7割を占めるようになり、新規学卒就農者においても四大や農業大学校を卒業し就農する者も多い。セミナーのカリキュラムが、彼らのニーズに追いついていない状況も生じてきている。農業経営者育成に向けた「土づくり」的活動というようなひと時代前の認識を持っている担当者が、今日でも少なくなかったように思われる。
 したがって、対象者の学歴・職歴の高度化・多様化を十分に踏まえ、「青年農業者育成は農業経営者育成の起点である」とあらためて認識した上で、セミナーにおいては農業経営者育成のための「苗づくり、若木づくり」的活動へとコンセプトを新たにすることが重要である。
 また、「農作業を手伝いながら徐々に生産技術を学び、ある程度一人前になってきたら経営にも参画させる」という従来型の育成方法では「生産者」しか育たず、これからの農業経営に必要となる経営者能力は高まっていかないことを、しっかりと認識すべきであろう。

(2)目標とする経営者像を明確にする  セミナーにおいては「就農定着」「主体的に経営参画する青年農業者を育成する」との目標があるが、カリキュラムとの関連性が十分とは言えない傾向も見られている。
 セミナー3年間の主なカリキュラムは、(就農)1年目の基本研修では青年農業者間のネットワーク作りや農業に関する基礎的知識・技術の習得、2年目の専門研修では自らの経営品目に関するプロジェクト学習と専門的知識・技術の習得、3年目の総合研修では農業経営に関する知識の習得と営農・生活設計づくりであった。基本的な考え方を否定するものではないが、3年後セミナーを修了する時にはどのような青年農業者であって欲しいのか、という育成目標と、その目標に向けて1年目、2年目、3年目と「何を」「どのように」ステップアップさせていくか、という仕掛けがあいまいであった気がしてならない。
 次代の農業経営者として、たとえば3年後・5年後などと、時期を設定して目標を設定することは、指導者にとっても、セミナー生にとっても大切なことである。絵に描いた餅になりやすい大きな目標ではなく、経営者能力に関連した具体的な目標も併せて設定することがより重要である。具体的で身近な目標設定については、平成18年度から導入している「青年農業者経営者能力評価シート(SKシート)」の活用が有効である(本誌59号調査研究支援事業報告参照)。
 また、彼らが活躍する地域は、大型園芸産地、水田営農地域、都市農業地域、中山間過疎地域など様々である。県内共通として有するべき経営者能力もあるが、「マーケティング視点を有して産地をリードできる人材」「都市住民と共存して地域に農業があることの意義を発信し経営に活かすことができる人材」など、地域視点
を加味した目標の設定も考慮すべきであろう。

(3)彼らの目標設定と実行計画づくりをしっかりと支援すること
 目標設定については、3年目になって検討させるのではなく、就農時に思った漠然としたイメージや思いを出発点とし、3年かけて具体化させることをカリキュラムの基軸としたい。そのためには、1)セミナー生の経営を相互訪問、あこがれとなるような農業経営を数多く視察、その結果を青年農業者間で討議させるなどにより農業経営を見る目を養うこと、2)ジェクト学習を通じて自らの経営に参画するきっかけを与えること、3)スト計算の演習などを通じた計数感覚を養うこと、などの研修を実施し、目標の具体化をすすめたい。
 ただし、青年農業者の能力レベルには差があるため、経営全体の目標でも、青年農業者自身の目標でもよい。大切なのは自ら意志で作り上げたと実感できることである。
 また、実行計画づくりについても、調査した両講座を参考に、ある程度の項目は統一したものを早急に提案したい。めざすべきは、青年農業者レベルでの「経営理念・羅針盤・実行計画書(しみず茶畑塾)」や「経営戦略計画書(いわて農業者トップスクール)」づくりである。これらの経験は、彼らが将来認定農業者となる時の経営計画づくりの疑似体験ともなろう。目標設定と実行計画づくりができれば、名実ともに就農定着したとも言えよう。

(4)経営体での責任ある役割付与への誘導
 青年農業者を育成する主体は、あくまで経営内におけるOJTにおいてである。セミナーは月に1回のoff-JTに過ぎない。しかし、目標設定と実行計画づくりは、OJTの充実に直結する。また、同時に経営主やパートナーとの連携を通じて、青年農業者に早期のうちに責任ある役割を付与するよう促すことが重要である。経営内の早期の責任付与が、経営者能力を伸ばすとの専門家の指摘もある(岩手大学木村伸男教授)。家族経営協定の締結も、その推進手段として有効であろう。
 さらに、見落としはいけないポイントとしては、青年農業者の多くが経営主と肯定的に向き合っておらず、思春期からの親子関係を引きずっていることである。役割の付与以前の問題として、
経営主の考えを肯定的に聞けるよう、両者の関係を改善する仕掛けが必要になる場面も多い。

(5)ネットワークづくりは今だからこそ大切
 いわゆる「仲間づくり支援」は、青年農業者に対する昔からの支援方法である。望ましい農業経営者に向けて、切磋琢磨し、様々な情報収集するための「人的ネットワークづくり」の必要性はますます高まっていると言えよう。青年農業者の時期に、市町村、郡、県、国といった面的広がり、年齢幅(あこがれとなる農業経営者との出会い)の広がり、同業種から異業種への広がりなど、ネットワークのタテヨコを広げるような支援は、今こそその重要性が増している。
 ただし、公的機関が「仲間づくり」という言葉を、今日になっても使い続けていることについて、個人的に違和感がある。活動内容については同じであっても、その時代と目的に応じた表現を心がけるべきであろう。
 また、青年農業者の発言能力、討議能力を高めることに、もっと力点をおきたい。知識・技術を付与する受け身型の講座ではなく、事例研究方式により青年農業者が意見交換を通じて自ら考え納得する参加型の講座を実践したい。3年後の討議能力には、大きな差が出ているに違いない。

(6)普及指導員は総合プロデューサーとして
 普及指導員は、人間関係を基本として青年農業者と向き合い、彼らのレベルアップを直接支援してきた。このような普及活動はこれからも変わるべきではない。
 しかし、われわれ普及指導員が置かれている環境は大きく変化し、全ての役割を負って普及活動することには限界があり、結果として活動の質的低下を招きつつある。
 これからは大きく発想を転換して、我々は総合プロデューサーとしての活動に力点を置くべきだろう。青年農業者に直接アドバイス活動する舞台の主役は、指導農業士をはじめとする地域の人材や各種専門家にゆだね、普及指導員の思いを彼らの口から語らせる方法へと転換を試みたい。すでに本年、10カ所中4カ所のセミナーで、複数の指導農業士とセミナー生が意見交換をする機会が設けられている。近年の予備校においても、どんな講師陣が講座を担当するのかが受講生の判断基準となっている。地域の次期農業経営者は、地域農業において実践者である農業経営者との関わり合いによって育てたいものである。
 このように活動方法を変革させることにより、人材育成活動に不可欠な「変化の見届け」や、上記(4)で述べた経営体への誘導の時間も生み出すことが可能となるだろう。
 今、我々普及指導員に求められているのは、人を育てることではなく、育つ環境をどのように整えるかということであることを、今回の調査研究を通して深く認識した。調査にご協力いただいた関係諸氏に心から感謝を申し上げたい。

「就農相談時における就農意識の調査手法の研究」
 三重県支部 央農業改良普及センター 主査 奥山 幸伸

1 目 的

就農して間もない農業者は悩みや将来に不安を抱えている者も少なくない。また、就農しても定着できず離農してしまうケースもある。実際に就農して農業を始めるまでの準備期間にどこまで準備ができているかが重要であると考え、就農を希望する人が、就農準備段階において本人が意識しておくべき項目を明らかにすることにより、就農までに十分な準備が行ってもらうことで、就農後の営農をうまくスターとしてもらうとともに、就農希望者が農業を始めるための計画を作成するのを、支援する場面にも役立てることを目的に、調査研究に取り組みました。

2 調査内容と方法

 過去5年以内に三重県内に就農した農業者に直接面談し、就農時の意識調査や現在の経営状況に関する調査を行った。調査した農業者の経営作目の内訳は、施設野菜12件、露地野菜+施設野菜1件、施設花き3件、畜産3件であった。
 就農時の意識調査については、中小企業診断士の根本氏の考えられたチェックリストを参考にして、農業選択時の意識に関する項目(7個の質問)と就農確実度に関する項目(12個の質問)の2つの項目に分けて行った。(下記:就農時の意識調査表)
 そして、チェックされた質問に1つにつき1点として、項目ごとの合計点で評価することにした。さらに、もう一方の評価項目として、実際の売上高を聞き取り、就農前に立てた経営計画の目標売上高に対する達成度(売上達成度=現状の売上高/目標の売上高)と意識調査の結果を比較することにした。


【就農時の意識調査表】

・農業選択時の意識チェック表


・就農確実度のチェック表

3 調査結果

・就農時の意識調査
 調査した19件の評価は、農業選択時の意識に関する項目と就農確実度に関する項目の2つに分けて、経営計画の売上高に対する達成度(売上達成度=現状の売上高/経営計画の売上高)との相関について調査したが、相関は認められなかった。
【全体評価結果】
・農業選択時の意識に関する項目の平均点
 (7点満点) 5.1(5.4←10事例平均)
・就農確実度に関する項目の平均点
(12点満点) 7.2(8.1←10事例平均)
 そこで、19事例の中から特徴のある独自の販売形態をとっている農業者10事例(施設野菜6件、露地野菜+施設野菜1件、施設花き3件)について、相関を調べると以下のような結果となった。
(1)農業選択時の意識に関する項目
 最初に、7つの質問についてチェックしたものを1点とした。そして、個々の質問に重みづけを行い、どの質問が、売上達成度にプラスに影響を与えているかを調べた。その中で、売上達成度に最もプラスに影響している3つの質問の点数を2点とし、合計10点満点となるようにした。
 得られた得点と、売上達成度との間には、次のようなグラフが得られた。相関係数は、0.7488→検定統計量t値3.195(5%有意)であり、農業選択時の意識に関する項目の点数と売上達成度との間には、正の相関があることがわかった。

7つの質問の中で、売上達成度に大きく影響しているものは、以下の3つの質問である。
・あなたのやろうとする農業では、得意とする技能や経験がいかせますか
・あなたのやろうとする農業で、独自の強みを築くことができますか
・免許や規制、地域性のことを考えた上で、就農が可能ですか

(2)就農確実度に関する項目
 農業選択時の意識に関する項目と同じように、どの質問が、売上達成度にプラスに影響を与えているかを調べた。その中で、売上達成度にプラスに影響していると考えられる4つの質問の点数を3点とし、合計20点満点になるようにした。
 得られた得点と売上達成度との間には、下のようなグラフが得られた。相関係数は、0.425→検定統計量t値1.328(有意差無)であり、相関のあるとは認められなかった。

 相関は認められなかったが、就農確実度に関する項目の質問の中で、特に重要であると考えた質問は以下の4つである。
・何のために農業をするのか、考えが整理されている。
・独自の特長や強みのあるプランを持っている。
・これだけは人に負けないという知識や技術がある。
・やろうとしている農業が好きで熱中できる。

(3)総合評価について
 農業選択時の意識に関する項目の3つの質問に重みづけを行った得点を50点満点に換算したものと、就農確実度に関する項目の4つの質問に重みづけを行った得点を50点満点に換算したものを合計し、就農時の意識調査の点数とした。(合計100点)
 得られた就農時の意識調査の得点と売上達成度との間には、下のようなグラフが得られた。
 相関係数は0.8371→検定統計量t値4.328(1%有意)となり、就農時の意識調査と売上達成度との間には、正の相関があることが認められた。

 このことから、農業選択時の意識項目だけでなく、就農確実度の項目をあわせることで、売上達成度との相関が高まることが明らかになった。
 なお、経営計画の売上高に対する達成度(売上達成度)と経営計画の所得に対する達成度(所得達成度=現状の所得/計画の所得)の間には、右のようなグラフが得られた。相関係数は0.5448→検定統計量t値2.679(5%有意)であり、正の相関があることがわかった。
 以上の結果から、就農して経営を開始した農業者の中で、特徴のある独自の販売方式を行っている人については、就農時の意識調査(農業選択時の意識に関すること、就農確実度に関することの2つの項目)と経営計画の売上高の達成度との間に、正の相関があることがわかった。その中でも、農業選択時にかかる意識は、経営計画の売上高の達成に大きく影響することがわかった。

 一方、就農確実度に関する項目は、売上達成度と相関があるとは認められなかったが、農業選択時の意識に関する項目とあわせることで、売上達成度との相関にプラスに働くことがわかった。
このことから、農業選択時の意識と就農確実度の2つの項目で就農時の意識調査を行うことが、就農して、どの程度計画を達成できるのかを判断する材料のひとつになると考えられる。
 これから就農しようとする相談者(特に、独自の取り組みを行おうとする人や、地域にない品目等を志向している人など)に対し、今回の意識調査チェックをしてもらうことで、就農後の相談者の農業経営を予測する上で、有効な手法の一つとして活用できるものと考える。

4 まとめ

 就農相談から経営計画作成を支援する場面において、就農希望者自身の農業への取り組み姿勢や、経営計画に対する理解を深めることが、就農後の経営に大いに役立つことになるものと考える。とくに、新規参入者やUターン就農者で新たな品目などに取り組む人には重要な項目である。
 就農相談時における就農希望者の相談内容は、作目の相談、研修の相談、農地の相談、資金の相談などさまざまである。また、希望者にはいろんなタイプがあり、それぞれにあわせた対応が求められる。
 就農相談の最初において、相談を受ける側は、就農希望者の農業に対する心構えをしっかりと把握することから始めなければならないと考える。なぜなら、中小企業診断士の根本氏も、「創業するとき何より大事なのは、経営者としての心構えの確立であり、経営を左右する最大の要因は、経営主の考え方にある。」と述べている。そこで、希望者の農業に対する心構えを把握する手法として、農業選択時の意識チェックを利用することを考えた。

【農業選択時の意識チェック表】

以上のチェックを、実際の相談場面で、希望者の考えを聞き取りながら、農業に対する心構えができているか見極めるようしていく。また、特に重要な要素(以下の3点)
・あなたのやろうとする農業では、得意とする技能や経験がいかせますか
・あなたのやろうとする農業で、独自の強みを築くことができますか
・免許や規制、地域性のことを考えた上で、就農が可能ですか について、就農希望者がクリアーできることが重要である。

 次に、就農相談から就農に至る経過の中で、就農までのステップを前の図のように考えた。

【就農確実度のチェック表】

 このように考えた、就農までのステップ図のどの段階に就農希望者があって、どういったことが必要かを明らかにするために、相談を受ける側が希望者の状況を把握する手法として、就農確実度のチェックを利用することを考えた。
就農確実度のチェック数と就農段階
*0〜 3個・・・就農するには、早すぎる。何のために農業をするのか、農業でどんな価値を人に提供できるのかなど、構想を掘り下げる段階。(ステップT)
*4〜 6個・・・すぐに就農するのは難しい。問題点は何なのか、就農に必要なものはなにか等はっきりつかんで、一つひとつの問題点を解決していく段階。(ステップU、V)
*7〜 9個・・・就農の可能性が見えてきた段階。ただしこの段階で強引に就農するとかなり苦しむことになる。不足しているところを補強する段階。(ステップV、W、X)
*10〜12個・・・就農は現実的。事業成立の条件は整っている。計画をさらに具体的に検証し、就農を目指す段階。(ステップX、Y)
※ただし、次の4つの質問項目は必ずクリアーしておくことが重要
・何のために農業をするのか、考えが整理されている。
・独自の特長や強みのあるプランを持っている。
・これだけは人に負けないという知識や技術がある。
 就農希望者が、就農までのスケジュールや計画をきっちりと数字でとらえるために、前述のような段階を踏んでやることと、必要に応じて修正を行っていくことは、自分で計画を作成することや、根拠をもとに計画を作成する点を踏まえて行うことにより、経営者としての計数把握能力の獲得につながることになる。また、変化に対応できる考え方を養うことにもつながると考える。
 こういったことに対して、就農相談を受ける側も注意し、就農希望者への支援活動を充実させていくことが大切であると考える。ただ単に、チェックを実践するのではなく、チェック項目を対応者が理解し、対応の中で自然に希望者の考えや能力を把握していくことを心がけてほしいと思う。  新規就農者の経営が軌道に乗るためには、さまざまな要素が必要であると考えられるが、農業への考え方や経営計画の検討を十分に行うことが、最初にすべきことではないだろうか。今回の調査研究をもとに、少しでも多くの新規就農者が、農業をはじめ地域に定着していくことを望むとともに、普及指導員の就農相談の助けになればと考えている。

参考文献  
 新創業者に学ぶ商人フロンテア精神 根本 寛(商業界 2000年10月号)
 いますぐ実務で使えるExcel統計データ分析 藤原 慎也(秀和システム)
 事業計画がしっかりつくれる本 竹内 裕明(かんき出版)
 独立起業バイブル(社)ニュービジネス協議会(ダイアモンド社)



「青年農業者育成に関する調査研究支援事業実施要領」